親を想う孝行心が生んだ味。
白石温麺ができるまで。
2016年7月某日
近年、工場見学がブームだ。世界に誇る日本の製造技術を目の当たりにできる工場見学は、知的好奇心をくすぐる楽しさが幅広い世代にうけている。蔵王周辺にも、そんなものづくりの現場を一般公開している施設が幾つかある。
梅雨明け間近の7月、わたしたちが訪ねたのは、以前も訪れた白石(詳しくはこちらのブログを参照)にある「はたけなか製麺」。ここは素麺の一種で、江戸時代、和紙、葛粉と並び“白石三白(さんぱく)”の名で珍重された“温麺(うーめん)”の製造工程が見学できる。
温麺の起源は元禄時代。この地に暮らす鈴木味右衛門が胃病を患った父親に、旅の僧から教わった油を使わないこの麺を食べさせたところ、病が回復。これを知った時の領主、片倉小十郎が、親をいたわる温情の心を讃え“温麺”の称を与えたと伝わる。
見学は要予約だ。特に、午前中であれば希少な“手延べ”による製麺作業を間近で見ることができる。まずは工場に隣接する直売所で受付し、出迎えてくれた工場長(光栄!)の大槻さんに続いて早速、中へ。シャワーキャップを被り、粘着クリーナーで衣服のホコリを丹念に取り除く身支度におのずと心は躍る(笑)。
部屋は工程別に分かれ、一部機械化されてはいるものの、作業員による手作業も意外に多い。伺えば“温麺”に使用する小麦粉と水、そして塩は、季節や天候によって微妙に配合が異なるらしい。手延べの工程は「粉ねり」から足で行う「踏みのし」、指の太さ程の「大巻」を棒に巻きつける「あやがけ」、そして湿度管理された“室(むろ)”で熟成した後、少し伸ばして熟成させる「こびき」と続く。その後、頃合いをみて熟練の職人がひとつひとつ、微妙な力加減で麺をさらに細く長く伸ばし、癒着しないよう麺を箸でさばいて乾燥させる。流れるように続く一連の作業は、まさに芸術の一言。作品のように目の前に連なる美しい白い“すだれ”に、「これすべて一本に繋がっているのよね」と連れも感動している。
完成した麺は、温麺規格の9センチ程に断裁され包装される。短さの由来を伺えば「一説では、布団に寝たきりの父親に食べさせたためとも言われています」と工場長。七色の手延べ“色麺”が入った「七夕そうめん」の包装ラインでは、色麺が美しく正面にくるよう微調整する手の込みよう。はたけなか製麺では現在、温麺をはじめ素麺、うどん、冷麦など約50種類もの商品を製造している。最近では《世界緑茶コンテスト》で最高金賞を受賞した茶師、佐々木 健氏の監修による天竜煎茶使用の「ぜいたく茶そば」も人気だという。
見学後には一人にひとつ、白石温麺のお土産もいただける。学校や企業での問い合わせが多い夏のシーズンは、ぜひ早めの予約をおすすめしたい。
いま見たばかりの手延べ温麺が食べられると伺い、昼どきはそのまま「旬彩処 ひがし小路」へ。店は工場に隣接した舞鶴会館の1階にあり、直売所にあらかじめ一言申し添えれば、工場の敷地に車を駐車したままで利用できる。注文した「天婦羅ざるうーめん」(1,000円)は細いながらも程よいコシで、蒸し暑い夏に爽快なつるりとしたのど越し。店ではランチタイムに、サラダとコーヒーがセルフで楽しめるサービスも人気のようだ。
時代に愛された懐かし玩具。
郷愁を呼ぶ、白石・人形の蔵。
次に向かった「白石・人形の蔵」は、はたけなか製麺から車で数分の、路地を少し入った先にある。その名のとおり、江戸から昭和にかけて作られた土人形をはじめ、約1万点もの古い玩具類を収蔵する施設は、大人も童心に還る白石のユニークな観光スポットだ。
入場料(大人1人400円)を支払い、建物内に一歩足を踏み入れれば、そこはまさにタイムスリップしたかのような世界。お面にめんこ、プロマイド。古いアイドル雑誌に果てはお菓子のおまけまで。天井から床までびっしりと、昭和に育てられた世代なら、誰もが目を細める懐かしい品々が記憶に語りかけてくる(笑)。伺えば、ここにあるものすべては個人蔵。地元中学で社会科の教鞭をとった故・佐藤好一郎氏が、子供達に歴史を身近に感じてもらえるよう蒐集したものだという。
展示は受付も兼ねた本館と、築100年の米蔵をギャラリーに改造した別館とに分かれている。私たちが歓喜した「なつかし駄菓子屋風フロア」は本館の1階。2階は明治から昭和にかけての戦争資料を展示する「終戦の蔵フロア」だ。別館の米蔵には、東北地方の土人形やセルロイド人形、ビクスドール等が展示され、年に数回の企画展も開催している。中でも50体を超える市松人形が居並ぶコーナーは、なかなかに壮観な眺めだった。当時の軍服や軍用品、戦時中のプロパガンダにまつわる希少な資料の一部を、実際に手に取って鑑賞できるリアルさも、私設博物館ならではの身近さだ。好きな人なら時を忘れて見入ってしまう「人形の蔵」は、奥深い見応えをくれる穴場スポットだ。
匂い、音色、味わい、温もり。
夏の気配が迎えるくつろぎ湯。
ゆと森倶楽部にチェックインしたのは、中庭に灯りが灯る夕暮れどき。夕立ちのようなひと雨に濡れた緑が、蒼い宵闇に閑かな景色を描いていた。ちょうど宿では“スペインフェア”と題し、本格的な夏を先取りするカラフルなお料理企画を開催中。先ごろ、4年連続で野菜ソムリエアワードの金賞に受賞したというレストランには、日替わりタパスに「バレンシア風 パエリア」、「たこのアヒージョ」、「イベリコ豚のクロケッタ」など、食指をそそる華やかなメニューが並ぶ。もちろん今夜は、世界No.1のぶどう栽培面積を誇るスペインワインで乾杯(笑)。食休みの後は、渓流露天風呂「川の湯」で、霧のように降りてくる夜雨との混浴だ(笑)。
一夜明け、夏へと匂いたつ森の散策路で、朝一番に浴びるつややかな緑のシャワーはこの季節だけの愉悦。光降り注ぐ窓辺でいただく朝食も、元気のスパイス。雨の季節なら雨の季節の楽しみ方にどっぷりと浸る。どの季節にもその季節だけの美しさを見つめて過ごしたい。
一杯の香りが包む珈琲談義。
居心地穏やかな自家焙煎カフェ。
チェックアウトした後は、連れの希望ですぐ近くの「cafe fua カフェ フア」へ少し寄り道。蔵王の山を背景に佇む物語のような一軒家は、自家焙煎珈琲と天然酵母パンの人気店だ。訪れた日はあいにく、パンの在庫はなかったが、笑顔も穏やかなオーナーの杉目さんご夫妻に迎えられ、香り高いスペシャルティコーヒーを一服いただいていくことにした。
愛らしい外観と裏腹に、伸びやかに組まれた黒い曲がり梁が露わとなった店内は、ゆったりと落ち着ける雰囲気。一角には薪ストーブの姿も見える。店ではホシノ天然酵母と北海道産小麦による酵母パンがつくドライカレーやキッシュランチもいただける。私が堪能したシングルオリジンの「イリガチェフェ」(600円)は華やかな香りと穏やかな苦み、連れの「七日原の水出しアイスコーヒー」(500円)も、夏に似合うクリアな味わいだった。
伺えば、夏には敷地内で栽培している約300本ものブルーベリーによる料理やスイーツも楽しめるという。「去年のですけど少し味見してみますか?」と、オーナーのご厚意で試飲させていただいたのは、パナマ産の希少豆「Geisha ゲイシャ」。耳より情報では、この生豆が今年も無事落札できた(!)とのこと。10月頃には店でも楽しめるらしい。珈琲好きの方はぜひ、見逃さないでいただきたい!
ものづくり大国のお家芸。
ハイテク設備のコカ・コーライーストジャパン蔵王工場。
午後はそのまま白石方面へ向かい、緑のどかな川添いに建つ「コカ・コーライーストジャパン蔵王工場」へ。ここでは最新鋭の設備による約50種類ものドリンクの製造現場が見学できる。見学ツアーは月曜から金曜および祝日開催で、時間は1日3回。参加には前日まで電話による予約が必要だ。
早速、工場正門の警備員室で受付を済ませ、駐車場に車を停める。見学者専用口から中へ入れば、お馴染みのロゴが入ったマスタングのオープンカーのお出迎えだ(笑)。
見学はまず別室で約20分、コカ・コーラの誕生にまつわるVTRを視聴。その後、ガイドに続いて扉の奥に続く見学コースを約30分かけてまわる。ガラス越しに工場内を見下ろすコース内はすべて撮影禁止だ。巨大なタンクや幾つもの配管がめぐらされた広い工場内は想像以上にハイテクで、作業員の姿は数える程度。普段、見慣れた製品が凄い速さで次々と量産されていく様子は、驚きとともに、どこか現実味のないミニチュア世界のようだ。
蔵王工場では屋上にソーラーパネルを設置したり、製造で排出される茶殻等の廃棄物を地元牛の肥育飼料にしたりと、省エネおよび再資源化にも積極的に取り組んでいる。以前、蔵王酪農センターのチーズシェッドでいただいた“蔵王爽清牛”(詳しくはこちらのブログを参照)がそれだ。フードマイレージや循環型産業の考えからも、地元産品とつながるものづくりは、これからの時代のスタンダードだろう。
見学後には、休憩所も兼ねたエントランスホールで、こちらも飲み物と記念品がいただける。一角には、ゲーム感覚でコカ・コーラの歴史などについて学べるタブレットや従業員ユニフォームを着て記念撮影できるコーナーもあった。昔懐かしい自販機やコカ・コーラの歴代ポスターデザインが掲出された建物内は、まさにファンにはたまらない空間だろう。
雨季にもおすすめの屋内見学に徹した今回。生活とかけ離れた美術品と異なり、身近な感覚で学べる工場見学は、家族はもちろん、大人も充分に楽しめる知的体験だ。世界が賛するメイドインジャパンの誇りを実感するものづくり。ときにはそんな感性をみつめる思索への旅も味わい深いものである。
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